フォトブック「愛のおと」あとがき全文
愛のおと
昭和のおわりに埼玉県でうまれたわたしの幼少期は、とても不思議でおとなしい子どもでした。
家のすぐ裏にある森の中で、
花々やヨウシュヤマゴボウの実を潰して色水を作りそれで洋服を染めて遊ぶ。
幼稚園バスの運転手さんがくれたにおい玉を集めて、分解して色々な色の粒を1つの小瓶に合わせていれていろーんな色といろーんな香りになるグラデーションをみる。
家の中ではみんなのうた(学校で配られるもの)を片手に陽だまりの階段でずっと歌いつづけ、
2キロ先にある学校の登下校は花の蜜を吸い、
石ころや通りがかりの猫たちと戯れる。
通学班の前の子の足裏から見える色を毎日奏でて、
誰かが蹴り飛ばす石の軌跡を音の出る虹だとおもっていた。
石の音をみたら空で音階をならべて、その色を宙に描いてあそんでいた。
子供の頃のソレがどうもわりと特殊だったのだと知ったのは物心ついてだいぶ経ってからでした。
小学3.4年生くらいまでは生きとし生けるものすべてが、私と同じ世界がみえていると信じていた。
学校の教室では前の子のイロとオトで黒板がみえなかった。
小学校で撮影される写真はほとんどしかめっ面。
授業中手もあげられない。
授業参観で指されてもこたえられない。
そんなこども時代。
「手遊びしない!」と先生によく注意され、授業中はいつもどこか上の空。
忘れ物大王でそれも母の努力でなんとか怒られずに乗り越えてきた。
コエやオトをたくさんひろっていつも耳が痛くて
「耳が痛い耳が痛い」
と言っては仕事中の母を困らせた。
小学校のどこかですべての感覚に蓋をしたタイミングがあった。
それは完全に危機感からだった。
「このままではココで生きていけない。」
その蓋をはめた瞬間からわたしはまるで別人のように生きた。
泣き虫で感受性豊かなわたしはそのとき消えた。
本音など、たぶん誰にも話さなかった。
話さない分本を読んだ。
生徒会に入るような優等生。学校のイベントではいつもマイク持って喋ってる。卒業式では送辞をよむ。
母はその姿をみて「成長した」とよろこんだ。
その言葉をきいて子どもながらに嬉しかった。
でもどこかでそれが成長とは到底思えないでいるわたしもいた。
蛙がなく田んぼの横を自転車でかけぬけながら、
なんどもこの風の中につぶつぶになって溶けて消えてなくなりたいと、そんなことをも考えていた。
でも不思議なのは「消えてなくなる」は死とむすびついてはいなかった。
わたしは死、がこわくてたまらなかった。
「ここじゃない」
「ここはわたしの居場所じゃない」
「わたしのことを誰も知らないところへ行きたい。早くオトナになりたい」
そんな思春期だった。
*
祖父は生前口癖のように
「こどもは神様だよ」
と言ってわたしの頭をなでた。
祖母は眠るまで私の手を撫で
「愛ちゃんは大切な子」
と言い続けた。
その振動にわたしは今も生かされてるような気がするのです。
*
教育者の両親のもと少々厳しくも、一般的な幸せをかみしめて健やかに育ったわたしは大学卒業後入った某大手金融企業も妊娠出産を機に退社。
実家を継ぐ決意をし経営者であった母の右腕になるもメニエール病を発症。
心身のバランスを崩しあらゆる治療を受けたとき、漢方やホメオパシーやフラワーエッセンスなどに出逢いました。
母との共依存や反抗期のない思春期。
自分と他者との境界線をひくことができずに悩み苦しんだ20代。
遅い反抗期を20代後半でやって二代目だったのにも関わらず実家をかなぐり捨てて地元を飛び出しました。
30代前半では、こどもたちと一緒に当時の夫のもとを飛び出し12年の結婚生活を卒業しました。
30代後半では、大変お世話になっていた所属していたベンチャー企業のグループも飛び出し今に至ります。
(飛び出しすぎやろ。笑)
思い返せばわたしはずっと自分の居場所を人生かけて問いかけてきたようにおもいます。
このフォトブックをつくりながら自分の内側の景色を見た気がしました。
「ここ、がわたしの居場所だ」
そう確信をもって今ここに宣言できます。
わたしはずっと蓋をする前の自由なわたしを追いかけて
時に手を繋ぎ、
時に手を離し、
彼女と共に生きてきたのでした。
いたちごっことはこのことでしょうか。
追いついたとおもったら肩透かしにあう。
まるで小さな自分とのおいかけっこのようです。
あのとき木登りして空を仰ぎ、
ブランコにツツジの花を並べてお花屋さんになり、
缶けりで飛んでく缶のオーラの残像を眠るまでみた自由なわたし。
小さくて自由なわたしは「ここ」にいた。
音(オト)はすべてをおしえてくれる。
ことば、は嘘をつけるけど
音、は嘘をつけない。
この世に蔓延するたくさんの嘘の振動に
心底消えてなくなりたい、とおもっていた。
そうおもったときわたしも嘘をつくようになった。
そのうち自分自身への嘘が1番エネルギーが萎縮すると気づくのです。
沢山嘘を重ねたら身体が病になった。
すべてがストップしたとき
あらゆる感覚が戻ってきた。
ゆっくり、でも確かに戻ってきた。
わたしの居場所は、そうだ、ここだ。
すべてが色でみえる世界。
粒子となり、波となり、音となり、声となる。
植物も水も動物も鉱物もなにもかも「声」という「音」を発している。
特に植物の声は早朝、日の出前によくきこえる。
その「音」を感知した時「色」がみえる。
「音色ーねいろー」
とはかつて先人たちがみんな感知していた感覚ではないだろうか、となんとなくおもってみたり。
どんな立場をもってても
この、「自由なわたし」の声を、
その音を、
ずっと感知しているわたしでありたい。
そしていまだからこそ、
わたしが自由に羽ばたくことを許してくださった沢山の方々に
感謝がわきおこります。
いつかきっとわたしも大切な誰かが羽ばたくのを見送るのだろう。
きっと泣く私がもう見えてる。
風の中に溶けて消えたいと願った少女だったわたしは今、
死が怖くてたまらない息子に
「ママにはあと80年は生きてもらう」
と宣言され、
「そんなに生きれるかな」
と笑いながらもあのとき溶けて消えなくてよかったと心底おもっていたりもします。
神様、ありがとう。
実際に何年生きるかは誰にも分からないけど、
わたしのこれからの人生のすべてを、
愛おしいこの世界の愛の音をみて、
愛する人々に届ける時間に費やしたい。
子どもの声は愛の音。
動物がなく声も愛の音。
石の振動も愛の音。
太陽の音、
月の音、
植物たちの音、
海の音、
お母さんの音、
お父さんの音、、、
この世界の音はすべて愛のおと。
このフォトブックが手に取る皆様にどう作用するかはわかりませんが、
なにか教えを与えたいとかではなく、
これを手に取る方の振動と宇宙の振動にすべてを委ねたいと思いました。
この本があなたのコアと繋がるドアとなったらいいな、という願いと祈りをこめて送り出します。
気づきはあなたのなかに。
あなたの自由もあなたのなかに。
確かに奏でられてる愛の音に気づいたとき、
ゆっくりと心おきなく浸る時間がもてますように。
あなたはいつも護られていて、愛されています。
そんなの、だれに?って疑問の方もいるかもしれないし、
誰も思い浮かばないよという方もいるかもしれません。
そんなときはこの一文を思い出してください。
「あなたにはあなたがいます」
いつなんどきも片時も離れずにあなた自身に寄り添ってきた「あなた」がいます。
愛の音は今この瞬間にもあなたに寄り添っています。
みてみて、
香ってみて、
触れてみて。
話してみて?
「あいしてるよ」って♡
その振動で今度はあなたが表現してみてください。
このブックを手にしてくださる皆様と皆様の大切な方々にたくさんの幸せが降り注ぎますように。
愛と感謝をこめて。
成田愛子
フォトブック「愛のおと」×Alice salt(ご希望される方にはソウルネームを聴きにゆく瞑想がついております)のセットはこちらより購入可能です。